楽しみにしていたスキー教室のはずが。

私は大人になるまでスキーなんて絶対やるものかと心に決めていました。それは小学校の卒業旅行がスキー教室でした。私は神奈川出身でスキー場は無かったので、スキーできる人3割、できない人7割位の感じでした。グループに別れ、大体7人くらいが1グループだったと思います。インストラクターの若い兄ちゃんが1人付いていました。忘れもしません。最初の横向きで斜面をカニのようにスキー板を付けて上がって行くという過程の時、なぜか私はズルズル下がる一方。他の子はどんどん上に上がっていくのに、そのインストラクターは私を置いてきぼりに。小さな心が傷ついた瞬間。先生に仮病を使い、グループから離脱。下からみんなが下りてくるのをぼーっと見ていたものです。その時、両親が東北出身なのに、スキーに連れて行ってくれなかった事を何度恨んだことか。



トラウマになってしまったスキー+1



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この人のお陰でスノーボードの道へ。
そんな事もあり、トラウマの私は大学入るまでウィンタースポーツというものからは離れていたのですが、留学中にスノボーに行くはめに。その時1時間インストラクターを付けました。イケメンのブロンドお兄ちゃん。やる気倍増になった私。それからそのお兄さん目当てで通う事に。意外と上手くできるようになったスノボー。日本に帰ってからも続けたいと思うように。大学時代は主にバスツアーで北関東、長野をメインに行ってました。
行きつけの川場スキー場
その中でも今でもいくスキー場が川場スキー場。なぜかというと高速からのアクセスが他と比べて便利な事。そして車で行けば駐車場が無料と、私たち神奈川から高速代、リフト代等だして駐車代ってなると、本当いい金額になるのでこれは私には嬉しいお話。そして何より雪質がパウダースノー。ふわっふわ。そんな事から自分で主催する時は毎年場所を変えず(ただ探すのが面倒なだけなのですが)、群馬と行ったら川場スキー場って位の私